羽越しな布振興協議会
〒999-7315 山形県鶴岡市関川字向222 関川しな織りセンター内
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しな織の歴史と変遷

 日本各地では、縄文から弥生時代から山野に自生する科(しな)、楮(こうぞ)、葛(くず)などの草木から取り出した繊維で糸を作り、その糸を織り上げ、衣装や装飾品として利用してきました。
 羽越地方の山間部に生育する「シナノキ」(写真:左)の樹皮から、靱皮(じんぴ)を剥ぎ取り、1年近い歳月をかけて、その繊維を糸(しな糸)に加工し、布状に織り上げたものが「羽越しな布」です。
 「羽越しな布」は、藤布、楮布、麻布 などとともに、わが国における古代織物(原始織物)のひとつで、木の皮を使った日本最古の織物です。 「羽越しな布」の原料となる、シナノキ科シナノキ属である「シナノキ」、「オオバボダイジュ」または「ノジリボダイジュ」は、縄文時代より、日本海側や東北地方の山野に多く自生している植物です。 「シナノキ」は、地方によりマダ、マンダ、モウダなどと呼ばれ、日本列島の山間部に自生している喬木で、織糸は樹皮繊維であることから、歴史的に北方系の織物であり、アイヌ文化圏に属する織物であるともいわれています。(「しな」の語源がアイヌ語で「結ぶ・しばる」などの意味を持ちます。)
 「しな織」の歴史をたどってみると、いつ、誰が、今の産地(山形県鶴岡市 関川・新潟県村上市 雷・山熊田)に伝えたかといった資料が皆無ですが、およそ1,200年前と思われます。 根拠は、古文書の延喜式の中に「信濃(しな)布(ふ)」の言葉が見当たり、宮中で春、秋の季ごとに与えたと記されていることによります。
 
 しな織は、その丈夫さと水に強い特性から日常的に用いられ、仕事着、米・ソバ等穀物を入れる袋や、敷布団の側(中に稲藁を入れる)、漁網、セイロウの敷布等に幅広く使われ、また一方で換金物品でもありました。 女性にとって冬の貴重な現金収入であったことから、つらい仕事も励みになっていました。 しな織の盛衰の昔話はあまり聞きませんが、戦後は時代の大きな変革があり、しな織にも大きな影響を与えたようです。 食糧物資の困窮の最中は良かったのですが、世の中が落ち着くとともに西洋文明の氾濫が始まり、綿製品や、特に化繊の進出による繊維改革によって、糸を手作りに頼る織物の時代は終わりかと思われました。 しかしながら、西洋文明にもかげりが見え、古来の日本文化を見直す風潮が高まってきました。 ちょうどその頃、しな織の素朴さを生かした民芸品の開発がなされ、姿を変えて世にデビューしました。 丹念に織り上げられたしな布には、その素朴な手ざわりの中に遠い祖先の知恵と、深い雪の中で黙々と織り継がれてきた生活のしたたかさが息づいています。
 
 

伝統的工芸品・羽越しな布

 このように、古来から続く伝統の技術・文化を継承し、しな布の持ち味を維持しながら、更に時代の需要に応える製品の開発などが評価され、平成17年9月に「羽越しな布」が経済産業省の「伝統的工芸品」に指定されました。 一般の「伝統工芸品」とは違い、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づき、経済産業大臣より指定されているものです。 「羽越しな布」という名称は、山形県庄内地方の羽前の国、新潟県は越後の国、この頭文字をとり「羽越しな布」としました。